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1月9日のWARUKO
「網戸が隔てるWARUKOとマガリ達の運命」
たった一枚の網戸が、家猫になったWARUKOと野良猫のままのマガリを隔てています。同じきょうだいなのに、二人の運命は余りにも違い過ぎます。WARUKOきょうだいに蔓延した風邪を克服し、外で生き抜いたのは、メスのマガリとオスの親分の二人だけでした。WARUKOを完璧なる箱入りにし、猫エイズなどの予防接種を受けさせたWARUKOmamaは、WARUKOを守るために、可哀相だけど、もうマガリも親分も家の中に入れることはできなくなりました。でもWARUKOmamaはベランダに餌を置き、更に、一階に住む猫好き一家もマガリ達に餌をあげていたので、あの子達が飢え死にすることはありませんでした。

でもそんなマガリ達に、過酷な運命が待っていました。何と、猫嫌いの住人達から野良猫に餌をやるな運動が勃発、おおっぴらに餌をあげることができなくなってしまったのです。その上、猫好き一家からとても悲しい知らせがありました。WARUKOきょうだいのママ、親チビが、車に轢かれて死んでしまったと言うのです。猫好き一家の母娘は泣いていました。外は危険で一杯です。WARUKOmamaは、実は内緒でWARUKOを飼ってますと教えてあげました。猫好き一家の母娘は、とても喜んでくれました。親チビは死んでしまったけど、八人きょうだいのうち一人は、絶対に安全な場所にいるのです。そんな中、マガリが何と妊娠、三匹の仔猫を生んでしまいました。

マガリの子供達三人は、駐輪場に停めてある、WARUKOmamaのママチャリの籠の中でいつもくっついて寝ていました。(写真では一匹しか顔が写ってないけど、三人いるんだよん)数あるママチャリの中、なぜWARUKOmamaのママチャリの籠を選んでくれたのかはわかりません。でもいつも必ずWARUKOmamaのママチャリの籠の中にいました。WARUKOmamaはそれがとても嬉しかったけれど、でもいつも駐輪場にいることで、野良猫に餌やるな運動は加熱して行きます。そして遂に、大家さんから猫に餌厳禁令が出されてしまったのです。しかも! WARUKOmama一家は引っ越しをしなければならなくなったのです。

WARUKOmamaは、マガリもマガリの子供達も、親分もみーんな、引っ越し先へ連れて行きたい気持ちで一杯になりました。
でも、野良猫に餌やるな運動の人達に、シッシッとやられるうちに、皆、人間不信に陥り、WARUKOmamaが近づくだけで、逃げるようになってしまったのです。マガリ達のことは、諦めるしかありませんでした。同じきょうだいなのに、網戸のこちら側に来れたWARUKOと、網戸の向こう側のままのマガリ達は、遂にお別れのときを迎えます。
さよなら。マガリ。子供達。そして、親分……

きょうだい一緒に、WARUKOmamaのウチに来て、下の写真のように、WARUKOmamaに平等に可愛がられてたときもあったのにね。ある日突然、きょうだいの運命は変わってしまったのです。その後、偶然にも、WARUKOmama一家が引っ越したあとの部屋に、WARUKOmamaのお友達夫婦が住むことになり、WARUKOmamaはマガリ達の消息を聞くことができました。

WARUKOmama一家が引っ越したあと、一年くらいは、マガリも子供達も親分も、姿を見ることがあったといいます。でも最初に子供達がいなくなり、マガリも見なくなり、そして遂には、親分の姿までもが見られなくなったといいます。あの子達のその後は容易に想像できます。網戸のこちら側に来れなかった野良猫たちの運命……宿命……それを考えると、猫好きWARUKOmamaは今でも胸がキュンと痛くなったりします。だからこそ、WARUKOmamaはWARUKOを世界で一番幸せな猫にしようと決めました。そしてWARUKOは、世界で一番幸せで、世界で一番可愛い猫になったのです。

天国のマガリ、親分、そしてマガリの子供達へ。
 
WARUKOは君達の分までWARUKOmamaが幸せにしてるよ。そして、ぶるぶる御大&シスター・みっふぅのお蔭で、WARUKOmamaの自己マンページができて、マガリ達が生きてたことを、知ってくれる人が、ほんのちょびっとだけど、いるよ。よかったね。

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  2月1日 揚げ餅part2
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  11月9日 夢
  11月1日 思秋期part2
2003年10月
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2003年9月
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8月27日 分身達の反乱
8月7日 初めてのお泊まり旅行part2
2003年7月
7月14日 初めてのお泊まり旅行
2003年6月
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1月17日 プロレス観戦が大好きなWARUKO
  1月9日 網戸が隔てるWARUKOとマガリ達の運命
お正月のWARUKO
2002年12月
12月30日 WARUKO、ケソケソからプクプクへの道
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