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8月19日のWARUKO
「思い出浴衣」

  WARUKOがリビングのど真ん中で、暑さのあまり、ドターッとひっくり返っていると、ちょっと興奮気味のmamaの声がしました。
「WARUKO、ちょっと見て見て!」
こういうときのmamaは、話が長くて、相手をするのがめんどっちいWARUKOは、なるべく聞こえないふりを決め込みます。
でもね……

「WARUKOってば! WARUちゃん! 聞こえないの!?」
あまりにもmamaがしつこいので、WARUKOは仕方なく……

とりあえずシッポだけパタパタ振って、「聞こえてるにゃん!」と、お返事してあげました。
WARUKO家ではこれを、「ぐうたらシッポ返事」と呼んでいます。
「ぐうたらシッポ返事じゃなくて、mamaの方を見てってば!」

「にゃんだよ、うるさいにゃあ」と、WARUKOがmamaの方を見てみると……

ジャーン! 何とmamaは浴衣姿!
そしてなぜかその手には、新日本プロレスのライオンマークタオル!
しかも、浴衣の柄は……

ジャジャーン! にゃんとWARUKO柄!
エヘヘ。
mamaはこの浴衣を見つけた瞬間、一目惚れして、即効買っちゃったのです!
「どうよどうよ、かわいいでしょう!?」

「ほうら、浴衣なんて、超久々に着たのに、帯も上手に二重チョウチョに結べたし、八時間もお出掛けしてたのに、あんまり着崩れてないでしょう!?」
mamaがあまりにもゴキゲンなので、WARUKOも仕方なく褒めてあげました。
「はいはい。mamaは偉かったにゃん。で、お出掛けって、一体どこ行ってたんだにゃん?」
「よくぞ聞いてくれました! mamaはね、papaとWARUKO1号と一緒に……」

「国技館にプロレス観戦に行ってたんでーす!」

「え!? プ、プロレスぅ!? そんなカッコで!?」
WARUKOは聞いた途端、変な顏になってしまいました。
「だってね、浴衣で観戦に来た人にプレゼントがあるって言うんだもん!それが、このライオンタオルなのだぁ! それにね、ホンットに今日のプロレスは感動的だったんだよぉ!橋本選手の入場テーマが、国技館に鳴り響いたんだから!」

「え!? そうにゃの!?」
橋本選手と聞いて、WARUKOはmamaの話に真剣に耳を傾けました。

  実はmamaとpapaは、WARUKO1号を連れて、先月突然亡くなった、橋本選手のプロレス界プロレスファン合同葬にも行っていたんです。

斎場にはリングが設置され、八千人ものファンが集い、湿っぽいのが大嫌いだった橋本選手を、皆で明るく送り出しました。
でもね……

葬儀が終わり、リング上に飾られた橋本選手のパネルがどんどん片づけられ、ファンもどんどん帰って行き、斎場にポツンと残った誰もいないリングを見て、mamaはやっぱりとても寂しくて、切なくなりました。ホントにもう、橋本選手はこのリングに帰って来ないんだと思うと……。

だけどね!
mamaが浴衣姿で観戦しに行った会場に、橋本選手は帰って来てくれたんですよ!
新日本プロレスの真夏の祭典、G1クライマックスの決勝戦。その決勝戦に残ったのは、橋本選手と同期入門の蝶野選手と、かつて橋本選手の付き人をしていた、藤田選手でした。
そして何と蝶野選手は、自分の入場テーマ曲の前に、橋本選手の入場テーマの前奏曲を流し、入場して来たのです! 会場には割れんばかりの歓声が響き渡りました。

WARUKOは、テレビで放送されたその試合を、mamaに抱っこされて、一緒に観戦しました。

会場のあちこちに、ファンが蝶野選手にこんなメッセージを贈る姿が見られました。会場の殆どのファンが、橋本選手の遺志を背負った蝶野選手を応援していました。
そして蝶野選手は……

見事、優勝することができたのです!
「俺の背中を後押ししてるヤツがいる! オイ! 橋本! 2005年、G1チャンピオン……アイ・アム・チョーノ!」
蝶野選手が叫んだ途端、会場に大きく流れる橋本選手の入場テーマ!
もうmamaは感動で、会場でも涙、涙、放送見て涙、涙、そして録画を見て涙、涙です!
更には……

この日記を書いてる最中に、たまたまケーブルテレビで放送されていた、全日本プロレスの中継録画で、蝶野選手同様、橋本選手と同期の武藤選手がやった、「橋本選手追悼試合」が流れたんです! 試合のあと、橋本選手の写真を手に、追悼の10カウントゴングを聞く武藤選手の姿に、mamaはまた涙。

何とこの試合が行われた日は、橋本選手のお通夜だったんです。試合が組まれていたから、レスラー達はお通夜に行けず、リングの上で、汗と涙にまみれて、橋本選手の得意技を連発し、彼らなりの「お通夜」をしたのでした。

合同葬で、橋本選手のご長男が言いました。
「父を忘れないで下さい」
忘れないよ。絶対。忘れなければ、お父さんは帰って来るんだよ。
今、mamaは心底感じています。こっちにいる私達が忘れない限り、ホントに橋本選手は帰って来るんだって。
時が経てば、mamaが連日連夜、橋本選手の録画を見ることはなくなるでしょう。毎日の生活の中で、橋本選手の命日をきっちり覚えていることもなくなるでしょう。
だけどmamaは、WARUKO柄の浴衣を着るたびに、「夏」という季節に散った、橋本選手を思い出します。そしてそのたびに、永久保存版にしたDVDを、見返すことでしょう。
大好きな人が、同じ世界からいなくなったことをいつまでも悲しむより、お盆や命日関係なく、何かのきっかけで思い出して、思い出が褪せないように、鮮やかに心に生きてて貰うこと……天国の橋本選手も、喜んでくれそうな気がします。
特別な思いがこもっちゃった、WARUKO柄思い出浴衣。絶対毎年着るからね! 橋本選手が帰って来るように。
(あ……この写真見ると、おはしょりが……やっぱ着崩れてるじゃんね……(;^_^A)

今月の日記
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2005年12月
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2005年9月
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  9月13日 伝えるべきもの
2005年8月
  8月19日 思い出浴衣
2005年7月
  7月17日 破壊王の穴ボコ
2005年6月
  6月12日 開けぇ、花!
2005年4月
  4月19日 旅先マジック
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  3月22日 WARUKO、忘却の彼方へ!?
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  11月9日 夢
  11月1日 思秋期part2
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2003年9月
9月26日 WARUKOの家族、今、昔
9月13日 WARUKOmamaの浮気疑惑
9月5日 ペリカンに乗ったWARUKO1号
2003年8月
8月27日 分身達の反乱
8月7日 初めてのお泊まり旅行part2
2003年7月
7月14日 初めてのお泊まり旅行
2003年6月
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4月19日 WARUKOpapaの妖術
4月4日 春まっさかり!
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2月22日 WARUKO式性格ブスの治し方
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  1月21日 WARUKOmamaの歳
1月17日 プロレス観戦が大好きなWARUKO
  1月9日 網戸が隔てるWARUKOとマガリ達の運命
お正月のWARUKO
2002年12月
12月30日 WARUKO、ケソケソからプクプクへの道
  12月28日 WARUKOはなぜにWARUKOなのか
  12月25日 親ばか日記スタート
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