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9月13日のWARUKO
「伝えるべきもの」

  リビングでいつものようにころりんと転がっていたWARUKOは、お隣の和室に何やら風呂敷包みを発見しました。

こういう目新しいものがあると、なぜか上にのっかりたくなっちゃうのが、にゃんこ心。
でもこれ、一体にゃんだろう……と、WARUKOがぼんやり考えていると、突然mamaのキンキン声が!
「ダメーーーーーッ! WARUちゃん、そこ、のっかっちゃダメーーーーーーーッ!」

「にゃ、にゃんだよぉ!」
WARUKOはmamaのあまりの剣幕にびっくりして……

慌てて和室の隅っこに移動しました。
実はね、あの風呂敷包みの中には……

ジャジャーン! こぉんな綺麗な、夏物の絽のお着物一式が入っていたんです!
これ、papaのお母さん、即ち、mamaのお姑さんから頂戴した、とぉっても大事なものだったんです! いくらWARUKOが世界一かわいくても、その上にのっかられたら、mamaだってそりゃ、キンキン声出すよ。

絽の着物なんて初めてのmama。すぐさま袖を通して、お出掛けしたくなるのが女心。でも浴衣さえ久々だったmama、自分でビシッと着られる自信がありまっしぇん……だから今回は、近所の呉服屋さんで着付けて貰いましたぁ! 何とこの呉服屋さん、着付け、無料なんですよぉ!
ってなワケで!

ニーン! 着物姿で、おかあさんと一緒! ああでも大失敗! 胸元からハンカチ顏出してるわ、扇子は帯から飛び出し過ぎだわ、着物でピースはアホまるだしだわ、顏にはWARUKOの足跡ついてるわ、(あ、これはわざとだ)もちっと身だしなみ整えてから撮って貰えばよかった……と、後悔先立たずの写真ですが、とにかくドえらっい暑い日に、頂戴したお着物着てお出掛けしちゃったのですよ。

この日、おかあさんの叔母さま、即ち、papaの大叔母さまが、ある本を出版されたので、そのお祝いの会があったんです。

その本がこちら。
実はpapaのおかあさん一家は、北朝鮮からの引き上げ者なのです。戦争直後、おかあさんはまだ僅か八つ! そして何とおかあさんの妹さんは、生まれたばかりの赤ちゃんだったそうです。そんな子供を含めて、家族は総勢十二名。

「日本国からの援助は来ない。だから希望を持って家族だけで逃亡する。皆で心を一つにして、三十八度線を突破しよう。全責任を私が持つ」……おかあさんのおじいさまは、家族にそう毅然とおっしゃったそうです。そしておじいさまは、その逃避行の旅の様子を書き留めた、克明な避難日誌を残していたんです。それを元に、大叔母さまが、ご自分の手帳に書き留めてあったことも加えて、編纂なさいました。

WARUKOもmamaのお膝にのっかって、一緒に大叔母さまの本を読みました。そこには壮絶な逃亡の記録が、赤裸々に書かれていました。一家は数々の恐怖を乗り越えて、奇跡的に一人の家族も欠けることなく、無事に帰国することができたのでした。
本当に戦争を経験した人の言葉には、圧倒的な迫力があります。mamaの両親もよく、mamaが小さい頃、戦時中の話をしてくれました。
「この足の大きな傷は、爆弾で割れたガラスが突き刺さってできたのよ」
「食べるものがなくて、芋のツルまで食べたもんだよ」
「今日はごちそうだ。雑炊に具が入ってる! と思ったら、汁の表面に、自分の目玉が映ってるだけだった……」
今年で戦後六十年。どんどん戦争を知らない世代が「親」になり、子供にこういう「生の言葉」で、戦争を伝えることができなくなりました。だけど、絶対に伝えて行かなければいけないことだと、大叔母さまのお話を直接伺って、つくづく思いました。
大叔母さまが、涙ながらにおっしゃった言葉が、胸に突き刺っています。
「一番守ってやらなきゃならない赤ん坊を抱き上げて、足手まといだから、いなければいいのに……死んでくれたらいいのに……そう思ってしまったことを、私は今日まで口に出すことはできませんでした。本当にごめんなさい。許されない罪を、私は今までも、そしてこれからも、ずっと抱えて行かなければなりません」

WARUKOもmamaから大叔母さまのお話を聞いて、胸が痛みました。
「でもね、日本という国家が、朝鮮を支配しようとしていたことは事実なんだよ……だから戦後六十年経った今でも、韓国や中国で、反日感情が激化してる……戦争が残した憎しみが渦まいてる……だけど戦争で一番犠牲になってるのは、いつでもどこでも、何の罪もなく、一生懸命生きてた、ごくごく普通の、一般庶民なんだよね……当時の日本という国家は加害者だったって言えると思う。でもその日本国籍の人間だけど、一般庶民だった大叔母さまは、やっぱり戦争の被害者だよ……」
mamaに言われて、WARUKOはまたまた切なくなりました。
そっかぁ……人間界にはにゃんこ界にはない、「戦争」なんて化け物がいるから、こんなに哀しいことが起きるんだにゃん。戦争なんて、絶対あってはならないことなんだって、子供達に伝えて行かなきゃいけないと思うけど、戦争で生まれた憎しみまで一緒に伝わっちゃうんだにゃん……。

ねぇ、ねずちゃん。にゃんこ達もさ、自分に危害を加えられそう敵が来れば、牙も剥くし、爪も出すよ。でも子供達に「危険なこと」を教えても、「憎しみ」は教えないよ。人間界から一日も早く、戦争が生んだ憎しみが、消えるときが来るといいにゃん。
WARUKOの言う通りです。mamaが生きてるうちに、「イマジン」な世界ができあがるといいんだけどな……。

  「ところでさ、mamaはちゃんとおかあさんにありがとうって言ったの?」
WARUKOは突然真剣な顏をして言いました。
「勿論言ったよぉ! おかあさんはね、お茶の先生してるから、いいお着物一杯持ってるんだよ。この前も、おかあさんがpapaのお宮参りのときに着たっていう、歴史的お着物、貰っちゃったし。これからもまだまだ一杯貰えるかもしれないし、そこんトコはちゃあんと押さえてあるってば!」
脳天気に言ったmamaに、WARUKOはいきなり……

「ライダーキーック!」

バシーーーーーッ!
「ウォオッ!」
WARUKOのにゃんこライダーキックは見事にmamaのおでこに命中。
「な、なにすんのよ、WARUKO!」

「あのね、お着物のことじゃなくて!  mamaにはおかあさんに言うべき、もっともっと大事なありがとうがあるでしょう!? おかあさんがもしも帰って来れなかったら、どうなってたと思ってるにゃん!」

「アーーーーーッッ! そうかぁあ!」
mamaはWARUKOに言われて、おかあさんにホントに大事な「ありがとう」を言い忘れてることに気付きました。

「それじゃこの場を借りて、きちんとありがとうを言いにゃさい」
WARUKOにここまで言われちゃうなんてねぇ……。ホントにおばかなmamaです

おかあさん、帰って来てくれて、ありがとう。たった八歳で、北から歩いて帰って来たおかあさん。おかあさんの八歳の頑張りが、「今」の私達家族を作っています。
おかあさんのご家族皆で、力を合わせて、帰って来て下さったことに、心から感謝します。
その記録を、私達に、そして多くの人に伝えるべく、本を出版して下さり、お話を聞かせて下さった大叔母さま、本当にありがとうございました。
いつかきっと、人間界もにゃんこ界のように、伝えるべきことだけが伝わり、伝えても哀しいだけの感情が、消えてなくなりますように。

「大変よくできましたにゃん! ライダーキックしてごめんにゃん!」
ちゃんとおかあさんに「ありがとう」を言えたmamaに、WARUKOはそう言って……

mamaのおでこに、お鼻でチュッの、「デコハナチュッチュ」をしてくれました。

こんな平和な日記を、どうかいつまでも書いて行けますように……。

あ、それにしてもおかあさん、着物っていいですよねぇ。洋服と違って、母から娘へと、思い出も一緒に受け継がれて行けますもんねぇ。いいものを伝えるって、実に大切なことですよねぇ。(って、やっぱりまだまだお着物貰おうとしてる、ちゃっかりmamaなのでした。(^-^;)
今月の日記
  1月11日 また逢う日まで!
2005年12月
  12月25日 三周年
2005年9月
  9月29日 mamaはゲテモノがお好き
  9月13日 伝えるべきもの
2005年8月
  8月19日 思い出浴衣
2005年7月
  7月17日 破壊王の穴ボコ
2005年6月
  6月12日 開けぇ、花!
2005年4月
  4月19日 旅先マジック
2005年3月
  3月22日 WARUKO、忘却の彼方へ!?
2004年の12月
  12月25日 メリクリ&アニバ
  12月9日 ある日突然
2004年の9月
  9月26日 金メダリストと三本足にゃんこ
2004年の8月
  8月15日 連鎖反応
2004年の7月
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  7月2日 同窓会
2004年の6月
  6月8日 初恋
2004年の5月
  5月21日 初めてのメルトモ
2004年4月
  4月29日 狙われたWARUKO家
  4月16日 春色一杯
2004年3月
  3月27日 マチガイにゃい!
  3月7日 通り道
2004年2月
  2月21日 春にお帰りなさい!
  2月1日 揚げ餅part2
2004年1月
  1月11日 揚げ餅
  1月1日 新年のご挨拶
2003年12月
  12月25日 アニバーサリー
  12月10日 イマジン
2003年11月
  11月24日 夢part2
  11月9日 夢
  11月1日 思秋期part2
2003年10月
  10月17日 思秋期
2003年9月
9月26日 WARUKOの家族、今、昔
9月13日 WARUKOmamaの浮気疑惑
9月5日 ペリカンに乗ったWARUKO1号
2003年8月
8月27日 分身達の反乱
8月7日 初めてのお泊まり旅行part2
2003年7月
7月14日 初めてのお泊まり旅行
2003年6月
6月11日 贈り物
2003年5月
5月11日 人は見た目?
2003年4月
4月29日 WARUKOのストレス
4月19日 WARUKOpapaの妖術
4月4日 春まっさかり!
2003年3月
3月13日 どっちが幸せ?
  3月5日 いつかきっと 
2003年2月
2月22日 WARUKO式性格ブスの治し方
  2月12日 WARUKOがとっても好きなもの
2003年1月
1月29日 WARUKOの悩み
  1月21日 WARUKOmamaの歳
1月17日 プロレス観戦が大好きなWARUKO
  1月9日 網戸が隔てるWARUKOとマガリ達の運命
お正月のWARUKO
2002年12月
12月30日 WARUKO、ケソケソからプクプクへの道
  12月28日 WARUKOはなぜにWARUKOなのか
  12月25日 親ばか日記スタート
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